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裁判所にはワンピースでは入れません [Microfinance]

昨日、仕事でヒジュラの支援団体のボスに会いに行ったとき、「明日、最高裁判所で判事たちに本を配るのを手伝ってくれないか?」と言われた。たくさんの本を配るので人手が必要なのかと思ったら、「当事者が配るより、その問題に関心を持ってくれているあなたたちが配ってくれた方が効果が大きいから」と言われた。ま、関係性の構築も仕事の一環だし、ヒジュラの人々が基本的人権をはく奪されている状況は憂慮すべき事項だから、「いいですよ」とお返事した。「dress code(服装規定)はありますか?」と聞くと、「着物でもいいですよ(笑)」と言われた。私は、膝下の丈の、こげ茶のワンピースを選び、普段のサンダルを避けてヒールのある靴をはいて、最高裁判所へ出かけた。

同僚が遅れていたので、先にヒジュラ支援団体の人と裁判所内に入ろうとしたら、入口のセキュリティで止められた。「?荷物チェック?」と思っていると、警察の人たちが口々に「おまえは、"SHORTS"を着ているから裁判所内には入れない!」と叫ぶ。は?Shorts?私、膝下丈のスカートですが???と思ったら、「足が全部かくれるインド服かズボンをはいてこなければおまえは入れない」と怒られた。ええええええええ????何ここ?どこ、ここ??周りを見ると、ベートーベンみたいなカッコしている判事とかいるけど、確かに女性は皆サリーかサルワールカミーズか黒の長ズボンをはいている。。。。

同行していた支援団体の人があわててボスに電話し、私がセキュリティで止められたことを報告する。私はそのボスに非礼を詫び(でもこの格好、そんじょそこらのインド服よりエレガントなんだけど!)、近くの店でインド服を買ってで直す、と言うと、「その必要はない。そこで待て」と言われ、電話を切られた。こういう「プロトコール」には、インドはうるさい。イギリスの植民地の名残であり、そこにレゾンデータルを見出す上流階級の人たちがごまんといるから、裏金でも渡さない限り、こういうプロトコールの問題を突破できることは、まずほとんどない(ほとんど意地の世界である)。だから、遅れている同僚を待ちながら、裏にあるインド服やに飛び込むことを思い描いていた。

そしたら、突如「ボスの男」(裁判所の中の人だと思う)が現れ、「こっちにこい」と言われ裏へ連れて行かれた。裏には警察の責任者の部屋があり、そこに入ると「ボスの男」は状況を責任者に説明し始めた。そしてその男は最後にボスの名前をその責任者の耳に囁いた。そしたら、今まで首を横にしかふっていなかった責任者の顔色が変わった。彼は私に座るように指示し、どこから来たのかと聞いた。「日本です」と答えると、「日本は日いずる偉大な国だ。今、部下にショールをとってこさせるから、ショールをはおって中に入るように」と言われた。「え?ショールがあれば入っていいのですか?」と聞くと、「私は服装規定と裁判所内の秩序を守る最高責任者だ。先週、私は服装規定違反の外国人に罰金を課したところだが、あなたは日いずる偉大な国から来たから、チャイを飲んでいくことを課すことにしよう」とか言って許可してくれた。

争点は、私の肩ではなく、「足」だったはずなのに、なぜかショールを羽織らされて中に入れてもらった(ちなみにチャイはgingerが効いていておいしかった)。中に入るとノースリーブのインド服を着ている女性は何人もいた。。。意味不明!でも、ま、いっか。入れたし。

ということで、その後、ひとつひとつの判事部屋へ行き、ヒジュラの人々の生活と問題について書いてある本と映画を配り(もちろん、その許可は取ってありましたよ)、状況説明をする同僚の後ろで、私はニコニコと笑顔を振りまき、最後に「ありがとうございました。どうぞこの惨状をご理解ください」とつけ添え続けて2時間を終えた。受け取りを拒否する判事部屋もあるだろうと思っていたけれど(ヒジュラの表紙を見るだけで眉根をひそめ、目をそむけるひとがほとんどなのである)、皆受け取ってくれた。

世の中を動かしているのは、ネットワーク力を持った人々であり、インドにおける彼らの持つ影響力というのは半端ない。今日の「ボス」はインド1,2を争う大企業の副社長。彼はいろんな「魔法」を手中に持っている。
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マイクロファイナンス@インド(私見) [Microfinance]

私たちが今やろうとしている、社会開発型マイクロクレジット事業は、インドではなかなかマイクロファイナンス機関(以下、MFIという)が手を出せない社会的最弱者層の人々をターゲットにしている。マイクロファイナンスというと、あたかもそれは貧困削減のツールとしてのポジショニングを確立しているかのように思われ、「社会的最弱者層の人を対象にせずして誰を対象者にするんだ?」と思われるかもしれない。

インドではアンドラ・プラデシュ州で2010年、MFIの顧客である農民たちの一部が返済不能に陥いり、あまりに取り立てが厳しかった&村社会という環境の中でその状況が苦痛となり自殺者が相次いだ。ここまではどこかで聞いたことがあるような話。インドはここからが違う。農民に政権基盤を持つ政治家たちがこの状況に介入したため、同州ではMFIの顧客(=農民)は今までのローンを返済しなくてもいいという法令を作った(ローンの踏み倒しが合法化されるなんて聞いたことがあるだろうか?)。その結果、同州で操業してきた大手のMFIが倒産の危機に追い込まれ、その影響は他州にも及んだ。最終的には、インドの中央銀行がMFI規則を定めたのだが、プロダクトからプロセス、果てはMFIの内部オペレーション方法まで細かく規定され、MFIの活動は大幅に制約を課され、現在に至るまでインドにおけるマイクロファイナンスを取り巻く状況は、MFIにとって極めて強い逆風にある。

その規則下では、住居証明がない人はMFIの顧客対象外である。農村の状況はまだよくわからないけれど、少なくともムンバイには住居証明と無縁で暮らしている人はごまんといて、私たちの事業パートナーが「彼らは住所を、私たちが服を着替えるのと同じように、変える」と表現する状況がはびこっている。前回ブログで紹介したヒジュラの人々もしかり、身を隠さなければならない状況が多い売春婦たちや、不法占拠地に暮らすゴミ拾いコミュニティの人々もそうだ。彼らの多くは、住む場所もお金も、仕事と呼べる仕事もなく、愛してくれる、守ってくれる家族も社会もない。だからこそ社会的最弱者層なのだ。そして、マイクロファイナンスのようになんとか毎日のお金をやりくりするためのツールにもアクセスできないから、そのどうにも回らない首は更に回らなくなってしまう、という負のスパイラルに陥っている。

MFI側も貸し倒れを防ぐ手段が見当たらなければ、それら社会的最弱者層にunsecured loan(無担保ローン)を提供することは難しい。5人組などのグループを課し、連帯責任という枠組みを担保することでその貸し倒れリスクを防いできたが、これはそもそもコミュニティ基盤のあるグループでしか機能せず、それら社会でも最近はグループローンの弊害(自分の財務状況を隣人に知られたくない、能力の低い隣人の返済をなぜ私が助けなければならないのか、などなど)の方が強調されているため、リスクヘッジの手法としては有効でなくなってきているのが現状だ。そんな中で、都会の、各地域からの流れ者たちの集まりであることが多い社会的最弱者層にこの手法が有効だと考えるのは、あまりに安直すぎる。

そんな背景の中、どうやって貸し倒れを防ぎながら、最弱者層の人々が貧困の負のスパイラルを抜け出すことができるか、それにただただ腐心してプロダクトを作る作業をしているのが、最近の私。そしてそれをするためには、もっとクライアントを知らなければならない。ということで、とにかく会う回数を増やす。ヒンディ語ももっと勉強しないといけない。
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多様な生き方2:NGOで働く人々 [Microfinance]

NGO訪問をしているといろいろな人に出会う。障害者支援のNGOで重度の知的障害者と真摯に向き合い、施設に通ってくる障害者たちを「私の子供たち」と表現する女性。夫が心臓発作で出張中に突然死亡し、その亡き夫の遺志をついでEunuchs(Eunuchsについてはこちらの記事参照)の話に耳を傾け、ともに涙する女性。自らもrag pickersコミュニティで育ち、強烈な臭いと信じられない数のハエに囲まれながらも、そんなrag pickersが抱える数々の問題に立ち向かう女性。隣国や国内の農村からhuman traffickedされ売春婦として働かされてきた女性たちを救い出し、職業訓練して仕事に就かせる、ということを、感情的にならず冷静に理性的にやりとげる女性。私は決してfeministではないと思うけれど、献身的にこの分野で働く人の中には女性が目立つ。

もちろん、男の人だっている。とあるEunuch支援団体のトップは、インドの大手財閥企業のsenior vice presidentだ。明日も彼と会うのだけれど、Bank of Indiaでも働き、医者でもある彼は、独特の世界観を持ちながらもEunuchの市民権獲得のために政府と掛け合ったり裁判をしかけたりしている。別のEunuch支援団体ではHIV対応に力を入れているが、そのプログラムマネージャーは元々グローバル企業の営業マンとして15年間バリバリアフリカで働いていた、とっても頭の切れるゲイのお兄さん。その組織の意思決定は、"community based organization"だから、その"community"出身者(=皆ゲイ)が行っている、というユニークさ。その活動は多くの国際機関から認められ、メンバーの中にはマハラジャの息子=プリンスもいる

どの人も、大したお給料をもらっているわけではない。直接聞いたわけではないけれど、それらNGOの報告書を読む限り、彼らのお給料は月15,000ルピーから25,000ルピーといったところだろう(日本円でだいたい22,000円~37,000円くらい)。もちろん、senior vice presidentは無給で、むしろ私財を投じている。そんな状況だけど、身を粉にして、とっても長い期間、彼らはそのコミュニティが抱える問題に向き合っているのだ。

ムンバイにいると、なんでこんなひどい人ばっかりなんだろう、と思う時もあるけれど、インドにはそんな素敵な人たちがいる。彼らは、何かとずっと闘っている。私はそういう闘っている人が好きだ。彼らの眼は真剣で、輝いており、そして温かい。そんな人たちと事業を立ち上げるって、考えただけでワクワクする。もちろん、事業実施前も実施中も問題満載だと思うけど、前に進めたい、という強い気持ちを私の中に作り出してくれる。
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多様な生き方1:ヒジュラ [Microfinance]

マイクロファイナンスの私の仕事は、新規事業の立ち上げ。それをするために、この2ヶ月間、いろいろなNGOやその活動現場を訪問している(そしてあと2-3カ月それは続く)。この新規事業では、これまで通常のマイクロファイナンス機関が顧客層としてターゲットにできなかった(これはまた今度書くけれど、「貧困層」の人全員が盲目的にマイクロファイナンスの顧客になれるわけではない)、社会的最弱者層を顧客とするスキームを作り、パイロットプロジェクトを実施することでその人たちの生活改善を行う。ムンバイの「社会的最弱者層」に属する人々はたくさんいるけれど、私たちは今6グループをターゲットとして考えている。ゴミを拾って歩いている人(Rag picker)、物乞いをする人、障害者、ハンセン氏病患者、ヒジュラ(下記参照)、売春婦。どれも興味深いテーマばかりだ。なかなかその実態を描写する報告書はないから、少しずつ、訪問したら書いてみようと思う。

今日の訪問先は、ヒジュラ(Eunuch)のとあるグループのドン。Eunuchという単語を聞いたことがあるだろうか?辞書を引くと「去勢された男、宦官」と出てくる。ヒジュラは、インドネシアやマレーシアにいる「おかまちゃん」「性転換者」とは少し違う。4000年前から存在し、昔は王族の身内として、王の何人もいる妃たちに仕え、踊りを職業としながら妃たちのボディガードを務めた、特殊な階層の人々だった。それがイギリス統治の時代にその制度が廃止され、ヒジュラたちはストリートに放り出された。今では、結婚式や子供が生まれたときにblessingの儀式を行うか、物乞いをするか、売春をするか、の3つの選択肢の中で食いつないでいる、というグループである。

確かに車で町中を走っていると、信号待ちをしているときなどサリーを着た男の人(だけど女の人)がよく窓をコンコンと叩いてお金を求めてくる。今日訪問したヒジュラグループのドンは、もうどこからどう見ても普通のおばあさんで、ヒジュラ歴60年の大ベテランだった。ヒジュラは非常に厳格な、保守的なヒエラルキーの中で暮らしている。グルと呼ばれる彼女の前で、下っ端のヒジュラたちが口をきくことは固く禁じられ、グルの許可なく部外者にヒジュラの暮らしを話すこともまた固く禁じられている。破ればグルから虐待を受ける。グルは毎日決まった額の奉納金を下っ端のヒジュラたちに納めさせ、金額が定額に満たなければこれもまた虐待の対象となる。グルである彼女はあがりだけで暮らし、そのあがりで下っ端まで含めたグループの生活を回しているのである。彼女の家は「ひどいところだから用心して」と言われていた割に、適度に広く、適度に快適で、大量の真鍮食器が天井から床まで並んでいた。出されたコーヒーも甘くておいしかった。

アルコール中毒であるそのおばあさんは、ドスの効いた声で話し、多分に話は脱線したけれど、知的レベルの高い、しっかりとした人であった。私に向かって「パスポートを申請するから、もらえたら私を日本に連れて行け。そしたら日本で踊ってやる!」と言って歌を歌い、手振りをし、周りを大笑いさせていたけれど、帰るときには真剣に私の頭に手を置き「神のご加護を」と祈りをささげてくれた。おばあさんの手は、大きくてごつごつしていて、「男の人の手」であった。彼女の下っ端のヒジュラの子と帰り道に話をしたけれど、彼女はか細い、でもグルと比べると「男の子」の要素の多分に残った(髭、ちりちりの髪の毛、サリーのおなかから見える体毛などなど)人だったけど、とてもソフトででも芯のしっかりした人だった。「美容院をやりたいの。自分はいい家の出身だから、物乞いをして稼ぐなんて私にはできない」と、大きな目で真剣に訴えてきた。

ヒジュラコミュニティの多くは、IDを持つことができない。インドでは戸籍がないから、自己証明は納税カードや選挙カード、運転免許証や居住証明書(政府発行)を持って行う。でも、生まれた家を捨て、ヒジュラのグルに養子にされることで名前が変わり、性別も男でもなく女でもない彼女たちは、往々にしてIDを発行してもらうことはできず、したがって選挙権もなければ携帯電話の番号すら合法的に入手することはできない。ましてや銀行口座を開くこともできないからお金を借りて事業を始めるなんてことは夢のまた夢なのである。

ヒジュラのグループ内は多様である。進歩的考え方をもつ者(とってもレア)、保守的な古いしきたりと厳格なヒエラルキーの中で生きている者、売春をする者、HIV感染する者、絶望している者、誇り高く生きる者。このおばあさんのグループはヒジュラの中でもおそらく恵まれたグループだと思われ、結婚式や子供の誕生時に行うblessing(祈り)だけで生計を立てているという。来週は違うNGOに属する違うタイプのヒジュラグループを訪問し、その多様性を探る。そんな中で、下っ端のヒジュラたちに教育と職業訓練の機会を供与することで、彼女たちが希望する仕事を通じてささやかな収入を得、そのことによって人間としての尊厳をもって生きていけるような仕組みを考え、実行したいと思う。
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