So-net無料ブログ作成
検索選択

ご無沙汰しました [Life]

ブログの更新、ずーっと滞ったままでした。5月中旬くらいからジワリ、ジワリといろいろなことが起こり始め、6月初めに大爆発。ドライバーメイドをクビにして、一気に生活が崩壊しました。その間に、少しずつ始めていたお仕事も、どん詰まりを迎え、ストレスのピークにあった私は、はっきりと先方に怒りを示してしまいました。ま、示しても仕方ないんですが。もぉ、やってらんないわよー、ストレスのピークでした。

6月15日で子供たちの学校が終わったので日本に帰り、しばらく家から出るのも億劫なくらい、子供たちと家族とに囲まれてぼーっと暮らしたら、少しずつですが、怒りが静まり、諦めが見え、心身の疲れが取れたように思います。両家のお父さんお母さん、甘やかしてくれて、そしてそっとしてくれて、どうもありがとう。

インドは、これまで暮らしてきたマレーシアや、仕事をしてきたインドネシア、スリランカのどことも違う。何が違うって、ストレスレベルがどこよりも高い。スリランカも、紛争国であり小さな島国であるから、何かにつけて「誰にも言わないでね」的なことが多くて、人の心の裏の裏を読むストレスがあったけど、インドのそれとはもう比べることができない。インドでのストレスは、積み上げてきたものが外的な要因で一瞬で吹っ飛ぶこと(そして吹っ飛ばした外的要因には悪意が全く無かったりする)、また一部の富裕層を除いて、大多数の人がvolatileな生活を強いられていること、私たちもそれに「当たって」しまうことがあること、自分の力だけでは生活が成り立たないこと、などが原因である気がする。よく、「インド人は押しが強いからね」と言われるけど、まぁ、その押しの強さもストレスの一部であることは間違いないけれど、やっぱり、自分の生活に他人(ドライバーやメイド、仕事を紹介してくれる人やいろんなことを知っている人など)が深く関わりすぎていること(そして割りと自分の生活がそれらの人たちに依存しているところ)、が、心の平穏を乱す最たる理由なような気がする。

ということで、セカンドクールは、粛々と、前に進むこと、に、焦点を当てて、劇場型インドに流されすぎないように、いきたいと思います。来たいと思ったのは私自身だからね。責任持って楽しまなくっちゃ。ということで、これからもよろしくおつきあいください。写真は、「どう考えても乗りすぎでしょう」と思われる、フーグリー川を渡る船(上)。ガンジス河の朝焼(下)。

IMG_9779-smaller.jpg IMG_9875-smaller.jpg
nice!(0)  コメント(1) 

昨日の私:煩悩 [Life]

夜が明け始め、日中の喧騒とはうってかわって、このムンバイのど真ん中でも鳥のさえずりが聞こえる、朝5時45分。前夜遅くに出張から戻ったばかりの夫は起きないかと思ったけど、5時半には起きてきたので驚いた。時間と同時にドアベルが鳴り、ヨガのインストラクターが入ってくる。

先生の低いソフトな声でとなえられるマントラ。そんなポーズ無理でしょー!と体が悲鳴をあげながら(隣の夫も相当辛そうだ)、でもどこか懐かしい感じが込み上げてくる自分の体(昔、自分が母の子宮の中にいたときの温かい感じに似ている気がする)。Pranayamという呼吸法をやり、酸欠で頭がくらくらしながら目をつぶってじっと自分の体と外界に感覚を澄ます。気がつくとじっとり汗をかき、1時間のヨガが終了する。すると予想に反してすっきりした体と心。

今の仕事先は、プロじゃないなーとフラストレーションがたまることがたくさんある。社会的弱者のために働いているといいながら、重役(ったって40代がせいぜいの、会社の発起人たち)たちが巨額の給料をもらっていることを突然最近知った。彼らのパフォーマンスの低さに愕然とすると同時に大きな憤りを感じる。もっと、組織は小さくてもいいからプロ意識のある人たちとバリバリ社会のためになる仕事をしたい!と思うのだけど、なかなか思う通りに物事を進めることができない。そんな自分にも歯がゆい。

そんな今の私の生活に、すっと、「無」の心地いい、体を酷使する時間を持ち込んでくれるヨガの時間。村上春樹の「1Q84」に出てくる青豆さんを思い出す(私のは比較するのも申し訳ないくらい初歩の初歩だけど)。家庭内暴力を受けた女性たちのシェルターと、traffickされてきた少女たちが重なる。手を止めると心が混雑してくるから手を止められないのだけど、本当にこのままでいいのか。どこへ進むのか。私の煩悩は深まるばかりだ。

写真は美結の大好きな学校のお友達。韓国と日本はやっぱりたくさんの共通項がある。ずっと仲良しでいてほしい。
miyu with yoona.JPG
nice!(0)  コメント(0) 

ヨガ:体と心 [Life]

夫と、ずっとやろうと言いながら、なかなかできなかったヨガ@おうち。夫とふたりでプライベートレッスンを受ける計画は、生活が落ち着かないと定期的な時間のcommitができなかったので、ずっと延期され続けてきたのだけど、ようやく先週始めることができた。

インド人のお友達に紹介をしてもらった先生は、うちの運転手さんと同じスラムあたりに住んでいるらしく、リシケシュ(インドの聖地でヨガ修行所がたくさんある)で訓練された彼の体はマッチョそのもの。堀の深い目の奥に潜む光はとても鋭いのに、レッスンを始めるととてもソフトな教え方。いろいろなものが「意外」で「ばらばら」で、でもその教え方はとても落ち着いていて、私はその先生をとても気にいった(ヨガの先生は千差万別で、うちのマンションでやっているヨガは雑談混じりの単なるエクササイズだったりする)。

毎日、嫌なこともあれば、物事が思うように進まなくてイライラする日もあって、「今日はいい日だった」と思える日ばかりではない。そんな毎日の中にいると、自分の心にばかり目がいきがちで、体のすみずみにある筋肉や骨の存在を忘れがち。でも、心を無にして(求められるpostureが痛すぎて、心を無にせざるを得ない)、体を構成するものひとつひとつの存在を再確認し、呼吸がこんなにも浅くなっていたんだ、なんてことに気づいたりして、終わったらなんだか心までがすっきり落ち着いたのだ。スゴイ!

今まであまりこういうこと感じたことなかったけど(ジムで通っていたヨガもエクササイズ主目的だったからなー)、これがヨガの真髄なんだなー。なんとなく、「インド」な感じで嬉しい。毎週火曜日と土曜日。火曜日は朝5時45分から。ヨガは早朝がいいらしい。ヨガが終わったら、プールへGo!週末らしい一日です。

b.c.club1405.jpg
nice!(0)  コメント(0) 

真夏の電車は最悪です [Life]

今朝、アパートの門のところでスクールバスを待っていると、息苦しくてしんどかった。維人が、「ママ、空気の中に酸素が無くなっちゃったんだね」と言っていた。ムンバイは、4月と5月は暑くなる、と誰もが言っていた。私たちのヒンディ語の先生は、「ムンバイに春が来た」と言っていたけれど、これは「春」なんてかわいいものではなく、「酷暑」である。サラワクにいたときの、あの息苦しさをとっても久しぶりに思いだした。

今日は電車で仕事に行くことにしていた。でも、朝の待ち時間の息苦しさを思い出し、あの超満員の2等列車を思い出したら、朝からげんなりした。夫に、「ちゃんと一等列車に乗りなさい」(ちなみに、2等列車は片道7ルピー=10円、1等列車は片道76ルピー=130円)と言われた。迷ったけど、今日は重要な打ち合わせで、打ち合わせ前からげんなりするわけにもいかなかったので、一等列車のチケットを買った。乗ってみると、一等列車も満員で、当然エアコンなどはついておらず、窓全開、ドア全開、隣の人の体温が感じられるほどの接近っぷり。。。。あああああ。一等列車でもダメだったか(帰りは座れたけど)。真夏にムンバイの電車に乗るのは、本当に最悪。男性車両は入りきれずドアからはみ出しているほどだから、その最悪っぷりったら他に類を見ないだろう。。。それでも、皆電車に乗って通勤する。だって、それしか手段がないのだから。

夫によると、インドの来年度予算の中に、ムンバイの電車のエアコン導入コストが入っているという。さて。いつになったら電車にエアコンが導入されるか。。。でも、導入されるってことは、ドアは閉めなければならない、ということで、あの入りきらない人たちはどうなるんだろうな。

明日の夜から日本に帰ります。少しの間、おいしい日本食と、お風呂と、きれいな街を堪能しようと思います。
nice!(0)  コメント(0) 

ムンバイでの暮らし:電車 [Life]

マイクロファイナンスの仕事の手伝いを始めてから、車ではなく電車で移動することにしている。ひとつには、子供たちの迎えに車は必要で、私が車を使ってしまったらメイドさんはタクシーでお迎えに行かなければならなく、エアコンのつかないタクシーでは何かと子供たちが不自由をするから。もう一つは、社会的弱者と呼ばれる人たちと仕事をしようというのに、運転手つきの車で移動するのはおかしいでしょう、と思うから。

我が家はwestern lineと呼ばれる路線上の駅から歩いて5分くらいのところにある。私のお仕事先も同じwestern line上にあるので、乗り換えなしで45分揺られていけばいい。「電車は最高に混んでいるからともみには無理!」という友達たちの助言をよそに、結構快適な旅をしていた。

でも、このところNGO訪問が続いていて、かなりいろんな(といっても4路線くらいしかないんだけど)電車を駆使して目的地に辿り着かなければならないことが増えた。すぐとなりを走っているcentral lineというのは、「これ、貨物?」と疑いたくなるような旧型車両ばっかり。座席も手すりもすべて直角の鋼鉄。手すりは直線でしか揺れない。そして、恐るべし、は、それぞれのラインの乗り換え駅。階段の幅よりも乗り降りする乗客のほうが圧倒的に多いから、押し合い圧し合いで、多くの場合団子のように転がり落ちる、または喧嘩になる。ラッシュ時の大手町なんて比じゃない(第一あんなに秩序立っていない)。昨日、そこに混ぜ込まれてしまって(押し合い圧し合いの中に)、ほんと、死ぬかと思った。。。

というわけで、ムンバイの鉄道は、ラインに寄りますが、決死の覚悟と冷静な判断(待つ、という)が必要な瞬間がたくさんあります。以下は、いくつかのその風景。(上)western lineの二等車女性車両の様子。(中)乗り換え駅の通路。(下)駅前の様子。どこもかしこも人だらけ。

02022012129.jpg 15022012156.jpg 02022012137.jpg
nice!(0)  コメント(0) 

やってみましょう [Life]

12月に入ってからお友達に紹介してもらった、とあるマイクロファイナンスの会社。バングラディッシュのムハマッド・ユヌス氏がノーベル平和賞をとったので、ご存知の方も多いかもしれないけれど、公的資金で貧困問題を解決するには、財政的にも問題の本質的にも限界に達してきている昨今、小口の現金を貧困層に貸し、彼らの経済活動を活性化しながら、そのコミュニティが抱えている経済的、社会的問題を解決しましょう、というのがマイクロファイナンス。私はfinanceの知識は全くないのだけれど、前職で携わっていたスリランカの一事業がマイクロファイナンスだったことをきっかけに、付け焼刃的に勉強し、なんとか事業は成功に終わった。そんな話をインド人のお友達にしていたら、ボランティアから始めてやってみたら?と紹介してくれたのが、その会社だった。

もともと、これまでの経験をベースに、ムンバイでスラム問題とかに関与できたらいいなぁと考えていたので、そんなご縁が舞い込んできて、それこそ私自身が舞い上がっていた。その紹介してもらった会社にしばし通い、スラムに通って、おもしろい!と思いつつ、でもその一方で、一緒に仕事をするインド人となかなかすんなりいかなくて、現場では言葉も通じなくて(やはり対象コミュニティで英語が通じることはほとんどない)、通訳も付けてもらえなくて、でも事業形成にどっぷり期待されていて、文献調べろとかデータ収集しろとか。。。こんなの私がやりたかったことじゃない!と自分の中がすっきりせず、加えて体調が悪かったこともあり、悶々とした日々を昨日まで過ごしてきた。

この間も、スタッフと喧嘩したしなぁ。紹介してくれたお友達もこの会社の投資から手を引くとか言ってるしなぁ。今日の話し合いの結果でうまくまわらなかったら、もうやめてこよう!と思って今朝早くに家を出たのだけど、電車の中で夫の書いているレポートを読んでいたら、なんかつべこべ言わずに頑張らないといけないなぁとしみじみ思ってしまった。

スラム問題に関わるのに、運転手つきの車で乗り付けるわけにはいかないので、毎朝電車に乗って45分揺られていくのだけれど、線路の両脇に広がる光景はひどい。家もひどいし、家のない人たちの置かれている状況もひどいし、臭いもひどい。手をつけられる問題はたくさんあるはずなのに、いろいろな理由で手をつけない、つけられない。私の、「こんなのやりたかったことじゃない」というのも、大きなわがままにすぎなくて、ひどいものづくしの両側を見ながら夫の心のこもった報告書を読んでいたら、とにかくぐずぐず言わずにやるしかない!という気になったのだった。そんな気持ちでミーティングに臨んだからか、言いたいことをはっきり言い、相手の主張を聞いた上で、来週からまたふたりで頑張ることにした。とりあえず来週はゴミ拾いの人たちのコミュニティへ。スラムより、明らかに大変なところである。

さぁ。この決意はどれくらい続くかな。とりあえず、明日からお友達家族とジャイプールへ行ってピンクのお城を堪能してきます☆
nice!(0)  コメント(0) 

時間や空気の歪み [Life]

先週は病気続きの一週間だった。月曜日は元気よくヒンドゥ教のお寺巡りなんてしてたんだけど、火曜日から咳が出始め、水曜日には声が出なくなってベッドから起き上がれなくなり、木曜日午後になってようやく回復して金曜日学校の隣のクラブでいろんな人と午後の楽しい時間を過ごしていたら、土曜日になって胃痛と腹痛でノックダウン。土曜の午後から下痢(お食事中の方、失礼!)がひどくなって日曜日は一日寝込んだ。出張で激疲れして土曜日の夜中に帰ってきた夫は、本当は一日寝ていたかっただろうに、昨日一日私の看病と子供たちの面倒を見てくれたのでした。

ムンバイにいると、時間が歪むような気がする。たとえば。ものすごい渋滞で、車が動く気配は全くなく、どう考えてもお迎えの時間に遅刻してるはずなのに、なんでだか時間ぴったりに学校に到着できたりする。かといってすっごい余裕を持って家を出たはずなのに、大して渋滞もしていなかったのに、お友達との待ち合わせに全く間に合わなかったり。秒針の進みがその時々によって違うんじゃないか?(そしてインドではなんかそれもありえてしまいそう)とわが目を一瞬疑うほど。意味不明。

ちなみに、ある場所の空気が歪むということもある気がする。たとえば、一番最初のドライバーが事故を起こした日も、うちの裏の通りで既に空気が歪んでいて(村上春樹の世界みたい!)、それを歪めたままにしたから家で壁に激突したのだと思う。先週の水曜日、寝込んでいたらドライバーさんから「タイヤがパンクしてる!」という電話があって、直して、また寝込んでいたら、夕方「事故を起こしました」と電話があった。事故といっても、バイクに当て逃げされて車が傷つき凹んだだけ?なんだけど、私の体調不良が空気のゆがみを生じさせたのか、あの日も何かが明らかにおかしかった。

先週の一連の体調不良も、ヒンドゥ寺院巡りが引き起こしたのか、単に星の巡り合わせが悪かったのかわからないけど、きっと何かに端を発して、私の中と周りのバランスが崩れたのだと思う。だって、特段何かの原因があったようには思えないもの。

空気が歪むと、ろくな事が起きない。だからちゃんと元気に、気を張って、笑顔で楽しく毎日を過ごすことで、自分と家族の周りの空気に歪みが生じないようにすることが大事だなーと思う。こうやって書いてみると、なんかインドのカルトみたいだけど(笑)、きっと日本でも同じようなことが起きているんだと思う。

写真は、今年のお正月の様子。おせちは、栗きんとんと黒豆となますだけ作り、お雑煮と一緒にいただきました。

IMG_6503-smaller.jpg
nice!(0)  コメント(4) 

ゴージャスな生活と不安 [Life]

昨日、美結のクラスのインド人の男の子の家にお昼ご飯を食べに。その子は前々から美結が名前を口にし、「xxxってね、本当にいい人なんだよ~」と言っていた子。毎日ラルフローレンの服を着て学校に来て、お父さんは不動産業を営んでいるという。お母さんが子供の送迎をすることは全くないからあまりお見かけしなかったけど、どこかでお会いしたときに、若いきれいなお母さんだなぁという印象を持った。そのお母さんから突然電話があって、お昼ご飯を食べに。

子供のご飯にもベルサーチ(一緒に行った韓国人のお友達曰く。私はそんなの見たこともないぞ!)の食器でピザとパスタが出てきて、りんごジュースの入ったグラスは、高そうなウイスキーグラス。もう、美結が何か割ったらどうしようかとヒヤヒヤもの(汗)。「美結、ママが食べさせてあげるから、食器、絶対触らないでね!!!」と言い、全部食べさせる始末。。。私たちにも昼からワインがふるまわれ、そのグラスってば、これ美術品?というフラジャイルさ。ひょえーー。

なんでもロンドンとドバイとムンバイにそれぞれ家があるそうで、来年はドバイに引っ越しをする、とか。ご両親ともにインド人だけど、旦那さんはイギリス国籍を有している(そんな人がたくさんこのムンバイにはいるのだ)とかで、ビジネスのベースはロンドンだそうだ。ムンバイのお家もそれはそれはゴージャスで(この言葉がとても似合う家だと思う)、何人の使用人が働いているのか。我が家とは全く桁が違う。おもちゃのたくさんある彼の部屋へ行ったら、「これはおもちゃ部屋」。ということで、彼の寝室はまた別の部屋にあるのでした。美結はえらく彼と彼の家が気に入ったらしく、「ママ、先に帰っていいよ。美結、xxxと遊んでるからー♪」といって、お友達の中でも最後まで居座り、彼のママに気に入られて腕時計までもらって帰ってきたのでした。

そんなおうちのママは、さぞかしいろいろなことを楽しく過ごしているのだろうと思いきや、ムンバイは寂しい、つまらない、という。旦那さんの出張が多くて、友達もいない、子供の面倒は私は見られない、だからドバイに引っ越したいという。確かに、彼女の言動を見ていると、自信がないのだなぁ、不安なんだなぁと思うことがたくさんあった。とてもチャーミングで、とてもお金持ちで、とても優しいのだからもっと自信を持っていろんな人と付き合ってみたら世界が広がるかもしれないのに、と私は思うのだけど、でもそうやって土足で踏み込んではいけない。だって人はそれぞれいろいろなものを抱えているのだから。

でも、昨日美結が来てくれて相当嬉しかったらしく、今日もお昼に呼ばれた(笑)。今日はうちでいろいろな子供たちの面倒をみることになっていたのだけど、それをcombineして、彼女の家にたくさんの子供たちを連れていくことにしたら、とてもチャーミングな笑顔を見せてくれた。そういうのって、いいなーと思う。

IMG_6263-smaller.jpg
nice!(0)  コメント(2) 

生きるということ [Life]

思春期を筆頭に、人はなぜ自分がこの世に生まれてきたのか、という問いに一度はぶつかる。私は楽観的というかつきつめてその問いに向き合ったことはなかったけれど、大学に入る直前にそんなようなものを感じたことがあった。

世の中には、苦しんで苦しんで蔑ずまれて、日の目を見ずに死んでいく人がたくさんいる。そんなことを感じることもなく死んでいく子供たちがたくさんいる。うちの前の大通りには、そこここにストリートコミュニティがあり、車の中からふとみるとぼろきれの中に本当に小さな赤ちゃんがいたりして、ドキリとする。きっと路上で生まれたのだろう。大半の子供たちは下半身裸で(きっとおもらしをしたときに便利だからだと思う)、それゆえか足やおしりから血を流している子供たちを見ると、同じ子供を持つ母として心がズキンと痛む。

うちの裏には、これまた長いストリートコミュニティがあって、その一角は売春宿になっている。朝から晩まで、どう考えてもこの場所に不釣り合いな濃い化粧をした、まだ年のいかない女の子おばさんたちが両腕を組んで眉間にしわを寄せて立っている。その周りには子供たちが走り回っていて、きっとそのうちの何人かはこの恐ろしいまでに薄汚れたこの場所で、偶発的に生まれてきた子供たちなのだろうと思う。

ムンバイにいると、人はなぜ生まれてきたのか、という問いは愚問だと気づく。その問いに答えは何もない。売春宿で生まれた子供であろうと、ゆうに100kgはありそうな玉ねぎ袋を毎日頭上に乗せて働くだけの人であろうと、毎日毎日エレベータを上下に運転するだけの人であろうと、この国では、精一杯毎日を一生懸命生きている。お金がなくて食べるものにも困っている路上生活者だって、一生懸命止まっている車を一台一台叩いてお金をもらおうと必死である。とにかく自分と自分が愛する人たちを食べさせていかなければならない、という必死の思いで。そこに、私は人間の根源を見る。

私たちは、人間を超えた存在の意思によって(またはそれすら存在しないのかもしれないけど。でもムンバイの人はそこは神を感じていると思う)、それぞれのタイミングでこの世に生まれてきた。私たちの人生は、生まれ落ちた国であり、肌の色であり、両親であり、またそのタイミングであり、私たちが自分で決められたことはひとつもなく、その存在によってどこかで既に定められている。だから、私たちにできることは、自分がなぜ生まれてきたのかという問いを自分に問い続けることではなく、与えられた生を一生懸命生きることである。原始的な欲求が満たされた社会では、人間の思考がおかしな方向に向くからか、私たちの生の本質を見誤りがちだ。でも、定められた、一度きりしかない人生を、それが一体どんなものであったとしても、一生懸命生きる。それが私たちに与えられた宿題なのだと思う。

どんな子供でも、どんな親でも、生きていてほしい。ただただ、生きていてくれさえすればいい。幸せは、「そこ」にある。ムンバイの、ストリートで、スラムで暮らす子供たちや親子を見ていると、そんなことを思う。

写真は、年末デリーへ旅行に行った時のもの。デリーの歴史的建造物はあまりに素晴らしくて、すごい迫力で、一瞬我を忘れた。私、石像とか遺跡とかあんまり興味なかったんだけどな。

IMG_6356-smaller.jpg IMG_6337-smaller.jpg IMG_6430-smaller.jpg
nice!(0)  コメント(2) 

運転手さんの生活 [Life]

今日は、うちの運転手さんについて書いてみようと思う。

うちの運転手さんは26歳の男性で、昔書いたけど、アジア一大きいスラムといわれているDharaviに住んでいる。結婚してまだ4カ月の新婚ほやほやで、インドの一番南にあるカニャクマリというところの出身である。出身といってもご両親がそこの村からDharaviに出てきたので、彼自身はムンバイで生まれ、育ったらしい。3人兄弟の真ん中で、お父さんは旅行会社の運転手。お母さんは主婦。家族全員キリスト教徒で、お父さんは非常に厳しい人だったので、かけごとは一切しないし、「人として」ちゃんとした人になることを、厳しく刷り込まれていると、私は思う。

奥さんも同じ村の人らしく、ムンバイでは珍しい恋愛結婚である。いくら大都会のムンバイといっても、結婚は両家が、出自を踏まえて探してきて、調整後に決めるもの(結納金は女性の家族が男性に払うもので、法律で禁じられてはいるもののまだまだ一般的に莫大な結納金を要求する男性家族が多い)、という風潮が強く、恋愛結婚をした結果、女性側のご両親がその結婚に反対して絶縁関係になってしまうということはよくあること。うちの運転手さんのケースもそれによく似ていて、縁は切れていないようだけど、奥さんのご両親は彼とは口をきいてくれない、と嘆いていた。奥さんはまだ21歳で、結婚を機にカニャクマリから出てきたばっかりなので、ムンバイで使われているヒンディ語やマラティ語は分からず、お友達も全くいないらしい。でも、彼は奥さんの事が大好きで大好きで仕方がない、といった様子で、料理もできない彼女に代ってご飯を作り、お昼ごはんも食べず(お金を節約するため)、一生懸命彼女のために早く帰る(夕方仕事がない日は早く帰すようにしている)。この間なんて携帯電話を奥さんが誤って水の中に落としてしまったらしく、まったく携帯電話が通じない日があったのだけど&彼はとても困っていたのだけど、その様子を私とメイドさんに話してくれた彼は、「全くうちの妻はかわいいから。。。」といった調子で話していて、メイドさんと私は呆れた(笑)。

そんな彼が、クリスマスの夜に夫に電話をかけてきて、奥さんのお兄さんが事故にあったから今から現場に駆け付ける、とあわてていた。翌日も連絡しても連絡しても電話はつながらず、まぁその日は大した用事がなかったので私のほうもあまり気をもむこともなかったのだけれど、一体どうなってしまったんだろう、と思ったら夕方になってようやく彼から電話がかかってきた。「怒ってないから、明日ちゃんと来てね」というと、分かったという。分かったといっても来ないのがインド人。だから来ないことを半分頭の中で想定し、翌日(っていうか昨日ね)9時を待っていると、8時55分に電話がかかってきて到着したという。車に乗って話をいろいろ聞いてみると、クリスマスなので、お兄さんはカニャクマリから友達の車に乗ってムンバイまで出てこようとしたらしい。でもその途中でみんな酔っぱらってしまって、飲酒運転を友達がした挙句、大型トラックと正面衝突をし、無傷だったドライバーをよそに、お兄さんは手足を骨折し、おなかを強打し、病院に連れて行かれてしまった。でも、あまりに遠い病院だったので、Dharaviのそばにある病院に移送したのだけど、救急車代が4,500ルピーもしたので大変で、お兄さんのポケットを見たら500ルピーしか入っていなかった、ということらしい。彼にはクリスマスボーナスで1,000ルピーを渡してあったのと、クリスマス当日も働いてもらったので、チップで200ルピーを渡したのだけど、その夜の彼の全財産はそれらをあわせて1,500ルピーしかなかったそうで、4,500ルピーの救急車代が払えなかった、ということだった(で、どうしたのかはわからなかったけど、とにかく移送できたそうな)。

10,000ルピーのお給料をもらっている彼が、奥さんの面倒も見て(ちなみにそこから家賃として3,500ルピー払っているらしい)、奥さんのお兄さんの事故の面倒も見て、挙句の果てに昨日カニャクマリからご両親や親族が6人も出てきたので、その面倒もみなきゃいけなくて、って聞いたら、なんかもう、気持ちがずっしりした。奥さんのご両親が出てくるのに、一銭もないといけないのでは、と思って、昨日のお給料の一部を先に払ってあげようか、と持ち出したけど、彼は断った(断ってる場合じゃないだろ、とも思ったのだけど)。そういうところ、彼はいい人だなぁと思う。

ムンバイは、きっとそういう風にして回っている。稼いでも稼いでも、自分の生活だけではなく、親や義理の親や親せきや兄弟や、下手したらやくざ(スラムや路上生活は、往々にしてやくざが取り仕切っている)にだってお金を奪われていて、スラムの生活から抜け出るのは容易なことではない。でも、ちゃんと人として慎ましやかに、誠実に生きようとしている人たちもたくさんいて、だからこそ彼らの身の回りにあるそういうburdenを思うと、ぎゅっと心が重くなる。

写真は、維人とサッカーをしてくれる運転手さん。維人も美結も彼が大好きで、美結なんて彼に甘えっぱなしである。

IMG_5993-smaller.jpg
nice!(0)  コメント(2) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。