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ご無沙汰しました [Life]

ブログの更新、ずーっと滞ったままでした。5月中旬くらいからジワリ、ジワリといろいろなことが起こり始め、6月初めに大爆発。ドライバーメイドをクビにして、一気に生活が崩壊しました。その間に、少しずつ始めていたお仕事も、どん詰まりを迎え、ストレスのピークにあった私は、はっきりと先方に怒りを示してしまいました。ま、示しても仕方ないんですが。もぉ、やってらんないわよー、ストレスのピークでした。

6月15日で子供たちの学校が終わったので日本に帰り、しばらく家から出るのも億劫なくらい、子供たちと家族とに囲まれてぼーっと暮らしたら、少しずつですが、怒りが静まり、諦めが見え、心身の疲れが取れたように思います。両家のお父さんお母さん、甘やかしてくれて、そしてそっとしてくれて、どうもありがとう。

インドは、これまで暮らしてきたマレーシアや、仕事をしてきたインドネシア、スリランカのどことも違う。何が違うって、ストレスレベルがどこよりも高い。スリランカも、紛争国であり小さな島国であるから、何かにつけて「誰にも言わないでね」的なことが多くて、人の心の裏の裏を読むストレスがあったけど、インドのそれとはもう比べることができない。インドでのストレスは、積み上げてきたものが外的な要因で一瞬で吹っ飛ぶこと(そして吹っ飛ばした外的要因には悪意が全く無かったりする)、また一部の富裕層を除いて、大多数の人がvolatileな生活を強いられていること、私たちもそれに「当たって」しまうことがあること、自分の力だけでは生活が成り立たないこと、などが原因である気がする。よく、「インド人は押しが強いからね」と言われるけど、まぁ、その押しの強さもストレスの一部であることは間違いないけれど、やっぱり、自分の生活に他人(ドライバーやメイド、仕事を紹介してくれる人やいろんなことを知っている人など)が深く関わりすぎていること(そして割りと自分の生活がそれらの人たちに依存しているところ)、が、心の平穏を乱す最たる理由なような気がする。

ということで、セカンドクールは、粛々と、前に進むこと、に、焦点を当てて、劇場型インドに流されすぎないように、いきたいと思います。来たいと思ったのは私自身だからね。責任持って楽しまなくっちゃ。ということで、これからもよろしくおつきあいください。写真は、「どう考えても乗りすぎでしょう」と思われる、フーグリー川を渡る船(上)。ガンジス河の朝焼(下)。

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昨日の私:煩悩 [Life]

夜が明け始め、日中の喧騒とはうってかわって、このムンバイのど真ん中でも鳥のさえずりが聞こえる、朝5時45分。前夜遅くに出張から戻ったばかりの夫は起きないかと思ったけど、5時半には起きてきたので驚いた。時間と同時にドアベルが鳴り、ヨガのインストラクターが入ってくる。

先生の低いソフトな声でとなえられるマントラ。そんなポーズ無理でしょー!と体が悲鳴をあげながら(隣の夫も相当辛そうだ)、でもどこか懐かしい感じが込み上げてくる自分の体(昔、自分が母の子宮の中にいたときの温かい感じに似ている気がする)。Pranayamという呼吸法をやり、酸欠で頭がくらくらしながら目をつぶってじっと自分の体と外界に感覚を澄ます。気がつくとじっとり汗をかき、1時間のヨガが終了する。すると予想に反してすっきりした体と心。

今の仕事先は、プロじゃないなーとフラストレーションがたまることがたくさんある。社会的弱者のために働いているといいながら、重役(ったって40代がせいぜいの、会社の発起人たち)たちが巨額の給料をもらっていることを突然最近知った。彼らのパフォーマンスの低さに愕然とすると同時に大きな憤りを感じる。もっと、組織は小さくてもいいからプロ意識のある人たちとバリバリ社会のためになる仕事をしたい!と思うのだけど、なかなか思う通りに物事を進めることができない。そんな自分にも歯がゆい。

そんな今の私の生活に、すっと、「無」の心地いい、体を酷使する時間を持ち込んでくれるヨガの時間。村上春樹の「1Q84」に出てくる青豆さんを思い出す(私のは比較するのも申し訳ないくらい初歩の初歩だけど)。家庭内暴力を受けた女性たちのシェルターと、traffickされてきた少女たちが重なる。手を止めると心が混雑してくるから手を止められないのだけど、本当にこのままでいいのか。どこへ進むのか。私の煩悩は深まるばかりだ。

写真は美結の大好きな学校のお友達。韓国と日本はやっぱりたくさんの共通項がある。ずっと仲良しでいてほしい。
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ヨガ:体と心 [Life]

夫と、ずっとやろうと言いながら、なかなかできなかったヨガ@おうち。夫とふたりでプライベートレッスンを受ける計画は、生活が落ち着かないと定期的な時間のcommitができなかったので、ずっと延期され続けてきたのだけど、ようやく先週始めることができた。

インド人のお友達に紹介をしてもらった先生は、うちの運転手さんと同じスラムあたりに住んでいるらしく、リシケシュ(インドの聖地でヨガ修行所がたくさんある)で訓練された彼の体はマッチョそのもの。堀の深い目の奥に潜む光はとても鋭いのに、レッスンを始めるととてもソフトな教え方。いろいろなものが「意外」で「ばらばら」で、でもその教え方はとても落ち着いていて、私はその先生をとても気にいった(ヨガの先生は千差万別で、うちのマンションでやっているヨガは雑談混じりの単なるエクササイズだったりする)。

毎日、嫌なこともあれば、物事が思うように進まなくてイライラする日もあって、「今日はいい日だった」と思える日ばかりではない。そんな毎日の中にいると、自分の心にばかり目がいきがちで、体のすみずみにある筋肉や骨の存在を忘れがち。でも、心を無にして(求められるpostureが痛すぎて、心を無にせざるを得ない)、体を構成するものひとつひとつの存在を再確認し、呼吸がこんなにも浅くなっていたんだ、なんてことに気づいたりして、終わったらなんだか心までがすっきり落ち着いたのだ。スゴイ!

今まであまりこういうこと感じたことなかったけど(ジムで通っていたヨガもエクササイズ主目的だったからなー)、これがヨガの真髄なんだなー。なんとなく、「インド」な感じで嬉しい。毎週火曜日と土曜日。火曜日は朝5時45分から。ヨガは早朝がいいらしい。ヨガが終わったら、プールへGo!週末らしい一日です。

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裁判所にはワンピースでは入れません [Microfinance]

昨日、仕事でヒジュラの支援団体のボスに会いに行ったとき、「明日、最高裁判所で判事たちに本を配るのを手伝ってくれないか?」と言われた。たくさんの本を配るので人手が必要なのかと思ったら、「当事者が配るより、その問題に関心を持ってくれているあなたたちが配ってくれた方が効果が大きいから」と言われた。ま、関係性の構築も仕事の一環だし、ヒジュラの人々が基本的人権をはく奪されている状況は憂慮すべき事項だから、「いいですよ」とお返事した。「dress code(服装規定)はありますか?」と聞くと、「着物でもいいですよ(笑)」と言われた。私は、膝下の丈の、こげ茶のワンピースを選び、普段のサンダルを避けてヒールのある靴をはいて、最高裁判所へ出かけた。

同僚が遅れていたので、先にヒジュラ支援団体の人と裁判所内に入ろうとしたら、入口のセキュリティで止められた。「?荷物チェック?」と思っていると、警察の人たちが口々に「おまえは、"SHORTS"を着ているから裁判所内には入れない!」と叫ぶ。は?Shorts?私、膝下丈のスカートですが???と思ったら、「足が全部かくれるインド服かズボンをはいてこなければおまえは入れない」と怒られた。ええええええええ????何ここ?どこ、ここ??周りを見ると、ベートーベンみたいなカッコしている判事とかいるけど、確かに女性は皆サリーかサルワールカミーズか黒の長ズボンをはいている。。。。

同行していた支援団体の人があわててボスに電話し、私がセキュリティで止められたことを報告する。私はそのボスに非礼を詫び(でもこの格好、そんじょそこらのインド服よりエレガントなんだけど!)、近くの店でインド服を買ってで直す、と言うと、「その必要はない。そこで待て」と言われ、電話を切られた。こういう「プロトコール」には、インドはうるさい。イギリスの植民地の名残であり、そこにレゾンデータルを見出す上流階級の人たちがごまんといるから、裏金でも渡さない限り、こういうプロトコールの問題を突破できることは、まずほとんどない(ほとんど意地の世界である)。だから、遅れている同僚を待ちながら、裏にあるインド服やに飛び込むことを思い描いていた。

そしたら、突如「ボスの男」(裁判所の中の人だと思う)が現れ、「こっちにこい」と言われ裏へ連れて行かれた。裏には警察の責任者の部屋があり、そこに入ると「ボスの男」は状況を責任者に説明し始めた。そしてその男は最後にボスの名前をその責任者の耳に囁いた。そしたら、今まで首を横にしかふっていなかった責任者の顔色が変わった。彼は私に座るように指示し、どこから来たのかと聞いた。「日本です」と答えると、「日本は日いずる偉大な国だ。今、部下にショールをとってこさせるから、ショールをはおって中に入るように」と言われた。「え?ショールがあれば入っていいのですか?」と聞くと、「私は服装規定と裁判所内の秩序を守る最高責任者だ。先週、私は服装規定違反の外国人に罰金を課したところだが、あなたは日いずる偉大な国から来たから、チャイを飲んでいくことを課すことにしよう」とか言って許可してくれた。

争点は、私の肩ではなく、「足」だったはずなのに、なぜかショールを羽織らされて中に入れてもらった(ちなみにチャイはgingerが効いていておいしかった)。中に入るとノースリーブのインド服を着ている女性は何人もいた。。。意味不明!でも、ま、いっか。入れたし。

ということで、その後、ひとつひとつの判事部屋へ行き、ヒジュラの人々の生活と問題について書いてある本と映画を配り(もちろん、その許可は取ってありましたよ)、状況説明をする同僚の後ろで、私はニコニコと笑顔を振りまき、最後に「ありがとうございました。どうぞこの惨状をご理解ください」とつけ添え続けて2時間を終えた。受け取りを拒否する判事部屋もあるだろうと思っていたけれど(ヒジュラの表紙を見るだけで眉根をひそめ、目をそむけるひとがほとんどなのである)、皆受け取ってくれた。

世の中を動かしているのは、ネットワーク力を持った人々であり、インドにおける彼らの持つ影響力というのは半端ない。今日の「ボス」はインド1,2を争う大企業の副社長。彼はいろんな「魔法」を手中に持っている。
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マイクロファイナンス@インド(私見) [Microfinance]

私たちが今やろうとしている、社会開発型マイクロクレジット事業は、インドではなかなかマイクロファイナンス機関(以下、MFIという)が手を出せない社会的最弱者層の人々をターゲットにしている。マイクロファイナンスというと、あたかもそれは貧困削減のツールとしてのポジショニングを確立しているかのように思われ、「社会的最弱者層の人を対象にせずして誰を対象者にするんだ?」と思われるかもしれない。

インドではアンドラ・プラデシュ州で2010年、MFIの顧客である農民たちの一部が返済不能に陥いり、あまりに取り立てが厳しかった&村社会という環境の中でその状況が苦痛となり自殺者が相次いだ。ここまではどこかで聞いたことがあるような話。インドはここからが違う。農民に政権基盤を持つ政治家たちがこの状況に介入したため、同州ではMFIの顧客(=農民)は今までのローンを返済しなくてもいいという法令を作った(ローンの踏み倒しが合法化されるなんて聞いたことがあるだろうか?)。その結果、同州で操業してきた大手のMFIが倒産の危機に追い込まれ、その影響は他州にも及んだ。最終的には、インドの中央銀行がMFI規則を定めたのだが、プロダクトからプロセス、果てはMFIの内部オペレーション方法まで細かく規定され、MFIの活動は大幅に制約を課され、現在に至るまでインドにおけるマイクロファイナンスを取り巻く状況は、MFIにとって極めて強い逆風にある。

その規則下では、住居証明がない人はMFIの顧客対象外である。農村の状況はまだよくわからないけれど、少なくともムンバイには住居証明と無縁で暮らしている人はごまんといて、私たちの事業パートナーが「彼らは住所を、私たちが服を着替えるのと同じように、変える」と表現する状況がはびこっている。前回ブログで紹介したヒジュラの人々もしかり、身を隠さなければならない状況が多い売春婦たちや、不法占拠地に暮らすゴミ拾いコミュニティの人々もそうだ。彼らの多くは、住む場所もお金も、仕事と呼べる仕事もなく、愛してくれる、守ってくれる家族も社会もない。だからこそ社会的最弱者層なのだ。そして、マイクロファイナンスのようになんとか毎日のお金をやりくりするためのツールにもアクセスできないから、そのどうにも回らない首は更に回らなくなってしまう、という負のスパイラルに陥っている。

MFI側も貸し倒れを防ぐ手段が見当たらなければ、それら社会的最弱者層にunsecured loan(無担保ローン)を提供することは難しい。5人組などのグループを課し、連帯責任という枠組みを担保することでその貸し倒れリスクを防いできたが、これはそもそもコミュニティ基盤のあるグループでしか機能せず、それら社会でも最近はグループローンの弊害(自分の財務状況を隣人に知られたくない、能力の低い隣人の返済をなぜ私が助けなければならないのか、などなど)の方が強調されているため、リスクヘッジの手法としては有効でなくなってきているのが現状だ。そんな中で、都会の、各地域からの流れ者たちの集まりであることが多い社会的最弱者層にこの手法が有効だと考えるのは、あまりに安直すぎる。

そんな背景の中、どうやって貸し倒れを防ぎながら、最弱者層の人々が貧困の負のスパイラルを抜け出すことができるか、それにただただ腐心してプロダクトを作る作業をしているのが、最近の私。そしてそれをするためには、もっとクライアントを知らなければならない。ということで、とにかく会う回数を増やす。ヒンディ語ももっと勉強しないといけない。
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一生の宝もの [Kids]

維人が大好きなお友達が学校にふたりいる。それ以外にも仲良しのお友達はたくさんいるのだけれど、特に、このふたりの男の子たちが大好きだ。ふたりともインド系の目のクリクリとした子たちで、よくしゃべりはするけれど、いかにも末っ子の、おっとりとした、すれていない、友達思いの子たちである。こちらでは、放課後家に遊びに来ることをplaydateというのだけれど、週に1-2回は必ず3人のうちの誰かの家でplaydateをしている。遊びも、子供らしい遊びを好み、サッカーをしたりクリケットをしたり、一緒にピザを食べながらDVDを観たり、外で走り回ったりかくれんぼをしていて、3人で転げまわりながら、笑い転げながら楽しそうに遊んでいる。

維人が生まれて初めて、ひとりでお友達のお家に泊りに行ったのも、そのうちのひとりの男の子の家だった。2週間後、ふたりが維人の家でお泊りをすることになっている。ふたりとも、親元を離れてお友達と寝るのは生まれて初めて、だそうだ。

この3人の遊びを見ていると、男の子というのはなんとやんちゃで、まっすぐで、冒険が好きなのだろう、としみじみ思う。見ているこっちが清々しくなるほどだ。もちろん、やんちゃだから「コラーーー!(怒)」ということもあるけれど、単純だから許せてしまう。心すっきり、と。お互い遠慮がなく、それでいて誰かが間違ったことをしたら、声高に指摘するのではなく、「それやっちゃだめだよ」と囁く。難しい問題は、3人で知恵を出し合って考える。3人いつも一緒だけど、決して排他的ではない。そんな友達に恵まれた維人は、とっても幸せだなぁと思う。

ふたりとも、うちにくるとトトロのDVDに真剣に見入り、日本のせんべいやお菓子、飴をこよなく愛し、麦茶を飲み干す。"Antie, please take us to Japan with Koreto. We want to go!!!"を連発するふたり。この友情があるから人生が豊かなんだ、と気づけるような年齢になるまで、彼らの友情が続いたらどんなに素晴らしいだろう。ひとりは、この6月で転校が決まっており、もう一人も来年の夏にはカナダに帰ると言ってるけれど。。。。温かい友情は、一生の宝である。母は、維人の友情が両想いのうちは、なんとしてもそれを守ってあげたい、と思う。写真は、今日のplaydateでのふたこま。

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真夏の電車は最悪です [Life]

今朝、アパートの門のところでスクールバスを待っていると、息苦しくてしんどかった。維人が、「ママ、空気の中に酸素が無くなっちゃったんだね」と言っていた。ムンバイは、4月と5月は暑くなる、と誰もが言っていた。私たちのヒンディ語の先生は、「ムンバイに春が来た」と言っていたけれど、これは「春」なんてかわいいものではなく、「酷暑」である。サラワクにいたときの、あの息苦しさをとっても久しぶりに思いだした。

今日は電車で仕事に行くことにしていた。でも、朝の待ち時間の息苦しさを思い出し、あの超満員の2等列車を思い出したら、朝からげんなりした。夫に、「ちゃんと一等列車に乗りなさい」(ちなみに、2等列車は片道7ルピー=10円、1等列車は片道76ルピー=130円)と言われた。迷ったけど、今日は重要な打ち合わせで、打ち合わせ前からげんなりするわけにもいかなかったので、一等列車のチケットを買った。乗ってみると、一等列車も満員で、当然エアコンなどはついておらず、窓全開、ドア全開、隣の人の体温が感じられるほどの接近っぷり。。。。あああああ。一等列車でもダメだったか(帰りは座れたけど)。真夏にムンバイの電車に乗るのは、本当に最悪。男性車両は入りきれずドアからはみ出しているほどだから、その最悪っぷりったら他に類を見ないだろう。。。それでも、皆電車に乗って通勤する。だって、それしか手段がないのだから。

夫によると、インドの来年度予算の中に、ムンバイの電車のエアコン導入コストが入っているという。さて。いつになったら電車にエアコンが導入されるか。。。でも、導入されるってことは、ドアは閉めなければならない、ということで、あの入りきらない人たちはどうなるんだろうな。

明日の夜から日本に帰ります。少しの間、おいしい日本食と、お風呂と、きれいな街を堪能しようと思います。
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多様な生き方2:NGOで働く人々 [Microfinance]

NGO訪問をしているといろいろな人に出会う。障害者支援のNGOで重度の知的障害者と真摯に向き合い、施設に通ってくる障害者たちを「私の子供たち」と表現する女性。夫が心臓発作で出張中に突然死亡し、その亡き夫の遺志をついでEunuchs(Eunuchsについてはこちらの記事参照)の話に耳を傾け、ともに涙する女性。自らもrag pickersコミュニティで育ち、強烈な臭いと信じられない数のハエに囲まれながらも、そんなrag pickersが抱える数々の問題に立ち向かう女性。隣国や国内の農村からhuman traffickedされ売春婦として働かされてきた女性たちを救い出し、職業訓練して仕事に就かせる、ということを、感情的にならず冷静に理性的にやりとげる女性。私は決してfeministではないと思うけれど、献身的にこの分野で働く人の中には女性が目立つ。

もちろん、男の人だっている。とあるEunuch支援団体のトップは、インドの大手財閥企業のsenior vice presidentだ。明日も彼と会うのだけれど、Bank of Indiaでも働き、医者でもある彼は、独特の世界観を持ちながらもEunuchの市民権獲得のために政府と掛け合ったり裁判をしかけたりしている。別のEunuch支援団体ではHIV対応に力を入れているが、そのプログラムマネージャーは元々グローバル企業の営業マンとして15年間バリバリアフリカで働いていた、とっても頭の切れるゲイのお兄さん。その組織の意思決定は、"community based organization"だから、その"community"出身者(=皆ゲイ)が行っている、というユニークさ。その活動は多くの国際機関から認められ、メンバーの中にはマハラジャの息子=プリンスもいる

どの人も、大したお給料をもらっているわけではない。直接聞いたわけではないけれど、それらNGOの報告書を読む限り、彼らのお給料は月15,000ルピーから25,000ルピーといったところだろう(日本円でだいたい22,000円~37,000円くらい)。もちろん、senior vice presidentは無給で、むしろ私財を投じている。そんな状況だけど、身を粉にして、とっても長い期間、彼らはそのコミュニティが抱える問題に向き合っているのだ。

ムンバイにいると、なんでこんなひどい人ばっかりなんだろう、と思う時もあるけれど、インドにはそんな素敵な人たちがいる。彼らは、何かとずっと闘っている。私はそういう闘っている人が好きだ。彼らの眼は真剣で、輝いており、そして温かい。そんな人たちと事業を立ち上げるって、考えただけでワクワクする。もちろん、事業実施前も実施中も問題満載だと思うけど、前に進めたい、という強い気持ちを私の中に作り出してくれる。
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League優勝 [Kids]

維人はサッカーチームに入り、毎週土曜日総当たり戦の試合をしてきたのだけれど、見事リーグ優勝!たまたま維人のチームに上手なストライカーがいて、一般的にイメージするような「上手なチームプレー」でそのリーグ優勝を成し遂げたわけじゃないんだけど、とにかく本人たちは大喜び!そして維人も人生初のトロフィーをいただき、とっても嬉しかったのでした。

この10週間の試合を通じて、サッカー自体が上達したとはあまり思わないけど、知らない子供たちとチームを作り、competitiveな環境でどう自分のポジションを確立するか、を、Daddyと一緒に考え、全うする(=チームメートに認知される)ということを学んだと思う。とても、大事なことだ。皆がエースストライカーになれるわけじゃないし、また皆がなる必要はない。大切なことは、そのチームの中で自分の役割を認識し、その役割においてreliableだと周りに認めてもらうことだと思う。その上で、上を目指していけばいい。維人がそんなことを体で理解できたらいいなぁと思う。そして、それに向かって維人をleadしていく夫はとても上手だなぁと思う(私はオロオロするだけ。。。)。

インドは4-5月がローカルスクール夏休みらしく、6-10月はモンスーンなので、サッカーは今月で終わり。短い屋外運動シーズンです(涙)。

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多様な生き方1:ヒジュラ [Microfinance]

マイクロファイナンスの私の仕事は、新規事業の立ち上げ。それをするために、この2ヶ月間、いろいろなNGOやその活動現場を訪問している(そしてあと2-3カ月それは続く)。この新規事業では、これまで通常のマイクロファイナンス機関が顧客層としてターゲットにできなかった(これはまた今度書くけれど、「貧困層」の人全員が盲目的にマイクロファイナンスの顧客になれるわけではない)、社会的最弱者層を顧客とするスキームを作り、パイロットプロジェクトを実施することでその人たちの生活改善を行う。ムンバイの「社会的最弱者層」に属する人々はたくさんいるけれど、私たちは今6グループをターゲットとして考えている。ゴミを拾って歩いている人(Rag picker)、物乞いをする人、障害者、ハンセン氏病患者、ヒジュラ(下記参照)、売春婦。どれも興味深いテーマばかりだ。なかなかその実態を描写する報告書はないから、少しずつ、訪問したら書いてみようと思う。

今日の訪問先は、ヒジュラ(Eunuch)のとあるグループのドン。Eunuchという単語を聞いたことがあるだろうか?辞書を引くと「去勢された男、宦官」と出てくる。ヒジュラは、インドネシアやマレーシアにいる「おかまちゃん」「性転換者」とは少し違う。4000年前から存在し、昔は王族の身内として、王の何人もいる妃たちに仕え、踊りを職業としながら妃たちのボディガードを務めた、特殊な階層の人々だった。それがイギリス統治の時代にその制度が廃止され、ヒジュラたちはストリートに放り出された。今では、結婚式子供が生まれたときにblessingの儀式を行うか、物乞いをするか、売春をするか、の3つの選択肢の中で食いつないでいる、というグループである。

確かに車で町中を走っていると、信号待ちをしているときなどサリーを着た男の人(だけど女の人)がよく窓をコンコンと叩いてお金を求めてくる。今日訪問したヒジュラグループのドンは、もうどこからどう見ても普通のおばあさんで、ヒジュラ歴60年の大ベテランだった。ヒジュラは非常に厳格な、保守的なヒエラルキーの中で暮らしている。グルと呼ばれる彼女の前で、下っ端のヒジュラたちが口をきくことは固く禁じられ、グルの許可なく部外者にヒジュラの暮らしを話すこともまた固く禁じられている。破ればグルから虐待を受ける。グルは毎日決まった額の奉納金を下っ端のヒジュラたちに納めさせ、金額が定額に満たなければこれもまた虐待の対象となる。グルである彼女はあがりだけで暮らし、そのあがりで下っ端まで含めたグループの生活を回しているのである。彼女の家は「ひどいところだから用心して」と言われていた割に、適度に広く、適度に快適で、大量の真鍮食器が天井から床まで並んでいた。出されたコーヒーも甘くておいしかった。

アルコール中毒であるそのおばあさんは、ドスの効いた声で話し、多分に話は脱線したけれど、知的レベルの高い、しっかりとした人であった。私に向かって「パスポートを申請するから、もらえたら私を日本に連れて行け。そしたら日本で踊ってやる!」と言って歌を歌い、手振りをし、周りを大笑いさせていたけれど、帰るときには真剣に私の頭に手を置き「神のご加護を」と祈りをささげてくれた。おばあさんの手は、大きくてごつごつしていて、「男の人の手」であった。彼女の下っ端のヒジュラの子と帰り道に話をしたけれど、彼女はか細い、でもグルと比べると「男の子」の要素の多分に残った(髭、ちりちりの髪の毛、サリーのおなかから見える体毛などなど)人だったけど、とてもソフトででも芯のしっかりした人だった。「美容院をやりたいの。自分はいい家の出身だから、物乞いをして稼ぐなんて私にはできない」と、大きな目で真剣に訴えてきた。

ヒジュラコミュニティの多くは、IDを持つことができない。インドでは戸籍がないから、自己証明は納税カードや選挙カード、運転免許証や居住証明書(政府発行)を持って行う。でも、生まれた家を捨て、ヒジュラのグルに養子にされることで名前が変わり、性別も男でもなく女でもない彼女たちは、往々にしてIDを発行してもらうことはできず、したがって選挙権もなければ携帯電話の番号すら合法的に入手することはできない。ましてや銀行口座を開くこともできないからお金を借りて事業を始めるなんてことは夢のまた夢なのである。

ヒジュラのグループ内は多様である。進歩的考え方をもつ者(とってもレア)、保守的な古いしきたりと厳格なヒエラルキーの中で生きている者、売春をする者、HIV感染する者、絶望している者、誇り高く生きる者。このおばあさんのグループはヒジュラの中でもおそらく恵まれたグループだと思われ、結婚式や子供の誕生時に行うblessing(祈り)だけで生計を立てているという。来週は違うNGOに属する違うタイプのヒジュラグループを訪問し、その多様性を探る。そんな中で、下っ端のヒジュラたちに教育と職業訓練の機会を供与することで、彼女たちが希望する仕事を通じてささやかな収入を得、そのことによって人間としての尊厳をもって生きていけるような仕組みを考え、実行したいと思う。
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